2012年1月10日火曜日

No10 1月10日(火) 横浜元町SSで歩行者天国

横浜の商店街の牽引的役割を担ってきた元町、横浜エピソードには書かせない場所の一つだ。昭和46年(1971年)のこの日 元町でもいち早く歩行者天国を導入、毎週日祭日午後1時から5時の間歩行者のショッピングストリートとして解放した。

戦前戦後を通して先進的な商店街づくりのエピソードを数多く持つ元町物語は今後に譲るとして、時代の空気を感じる歩行者天国と横浜のまちづくりのことを少し書き添えておく。
1970年代を象徴する歩行者天国。この時代のテレビ映像には必ず銀座か新宿東口のホコ天風景が流れる。子供連れの若い夫婦、1号店が開店した(1971年6月)マクドナルド銀座店(三越)前でマックを食べる若者達の光景だ。車道を歩行者に開放し、歩くことが出来る「ホコ天」(歩行者は)最初戸惑いながらも自由を味わった。
この歩行者天国、大規模なものは1969年8月6日から12日間、北海道旭川市平和通で実験的に実施されたのが始まりだ。東京では1970年8月2日に銀座、新宿、池袋、浅草で初めて実施され、全国に広がった。実施エリアは次第に延長し一時期世界最長の5.5km、銀座から上野まで道路が開放された。このように
高度成長期以降、都市デザインの課題の一つが歩行者空間の整備だった。横浜はいち早く専門部署を設け新しいまちづくりに挑戦した(横浜市都市デザイン室)。初期の実験的試みが市庁舎横の「くすのき広場」整備だった(昭和49年6月)。若き日の国吉、(故)北沢コンビの野心的作品だ。歩くことが楽しい街を確保するために、歩行者優先ゾーンの整備が市内中心部を手始めに行われた。

歩行者天国は交通地獄からのつかの間の解放をめざした。一歩踏み込んだ恒久的な街の魅力づくりには「壁面線の指定」「モール整備」「まちづくりのルール」「公園再整備」「歩車分離」といった様々なソフトとハードの整備が必要である。
汽車道から赤レンガ倉庫、山下公園、港の見える丘公園を横断的につなぐ「開港の道」は歩行者専用道として観光スポットにもなっている。また港北NTの試み(1月19日)といった恒久的「歩行者天国」のまちづくり例を見ることが出来る。
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