2012年2月25日土曜日

No.56 2月25日 絹と女と桑畑

イギリスの貿易商社ジャーディン・マセソン商会のオフィスがあった居留地1番に建つシルクセンター界隈は横浜の歴史を語る上で欠かせない場所です。1969年(昭和44年)の今日、シルクセンター開館十周年を記念して彫刻家安田周三郎氏の「絹と乙女」像と桑が植樹されました。
数年前の写真です。現在はかなり剪定されています
1959年(昭和34年)横浜開港100周年を記念して建てられたシルクセンターについては後日ご紹介します。本日は、十周年記念として、シルクに因んだ桑の木と絹をテーマにした「絹と乙女」像の作者、彫刻家安田周三郎についてご紹介しましょう。
桑の木は絹を生成するために欠かせない蚕の食料です。良質な桑を生産し安定した温度の下で生育した蚕の繭から良質の絹が生まれます。シルクに桑は欠かせません。
彫刻家安田周三郎(1906年-1981年)は東京生まれで東京美術学校を卒業し彫刻の道に進みました。日展の審査員、評議員を歴任します。横浜国立大学で教授として教鞭もとり多くの教え子を送り出しました。安田周三郎は地元横浜に教師としてゆかりのある彫刻家ですが、彼の姻戚関係は華麗なる一族としても深く横浜に関係があります。
安田周三郎は、安田善三郎の三男として生まれました。安田財閥創設者善次郎の孫にあたります。安田善次郎の名は鶴見線「安善」駅に残っているように横浜で成功した財界人です。
周三郎は善三郎の三男となっていますが、実は四男でした。
では三男は誰か?
歌舞伎ファンには有名な話しですが、安田善三郎の三男は十三代目 片岡仁左衛門です。十一代目片岡仁左衛門の養子に入りこの世界で人間国宝になります。
兄は画家の安田岩次郎で息子は建築家の安田紫気郎と魚類学権威の安田富士郎です。財界人だけではなく、様々な分野に逸材を出した一族です。
周三郎の妹、磯子は小野家に嫁ぎその娘がオノ・ヨーコです。
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