2012年3月16日金曜日

No.76 3月16日 東京放送と横浜市

東京放送(現TBSHD)には、
1970年代横浜に社屋を移転させるという計画がありました。
移転計画は非現実的だったため実行されませんでしたが、
この計画の延長線に設立された日本有数のテレビスタジオが
(株)緑山スタジオ・シティ(MSC)です。
1981年(昭和56年)の今日横浜市青葉区緑山にMSCが竣工しました。

緑山スタジオといえば、数々の野外で展開する名物番組を生み出しました。
「風雲たけし城」
「スポーツエンターテインメント番組筋肉番付シリーズ」
は緑山だからこそ実現した番組だといえるでしょう。
その他「渡る世間は鬼ばかりシリーズ」は4つあるスタジオの一つを専用にしたほどです。
3年B組金八先生シリーズ、
ふぞろいの林檎たち、
金曜日の妻たちへシリーズ、
NHK木曜時代劇、
14才の母(日本テレビ)他の収録に使われました。
緑山スタジオの近くでドラマのワンカットが収録されることも多く、TBS番組では青葉台駅近くの居酒屋や、横浜市内のロケが目立ちます。
ぜひチェックしてみてください。
時々スタジオの食堂やカフェが使われていることもあります。
(多角経営?)敷地のど真ん中を県道139号が通り、片方がゴルフ練習場になっています。地元では結構人気だそうです。

緑山スタジオの歴史は1970年代にさかのぼります。
新聞資本とTVメディア会社の整理統合が加速しTBSは毎日新聞と資本提携し近畿圏の毎日放送(MBS)とネットワークを確立します。
この頃、赤坂の本社機能だけでは手狭ということで「郊外への社屋移転計画」が打ち出されました。
この計画のために取得した用地が横浜市緑区奈良町の一角、広さ8万坪の広大な緑地です。
なんでまたこんな不便な所にというほど陸の孤島に立地しています。
どうも土地取得が先にあったような気がしてなりません。

すぐ近くには墓地を挟んで広大な「こどもの国」があります。
「こどもの国」は皇太子殿下(現天皇陛下)のご結婚を記念して、全国から寄せられたお祝い金を基金に、1965年(昭和40年)5月5日のこどもの日に開園しました。米軍に接収されていた東京陸軍兵器補給廠・田奈部隊填薬所跡地を再開発したものです。

横浜線長津田駅や小田急線鶴川駅からのバス輸送や、自家用車が主な交通手段だったため、アクセスの不便さが最大のネックとなっていました。
どうみても放送局の事務機能やニュースなどのスタジオ機能を移転させることは非現実的ということもありパッケージ番組の収録に特化したスタジオ設備として開設したのが緑山スタジオです。

TBSスタジオではなく「緑山スタジオ」となった背景には、TBS以外の在京キー局・在阪準キー局やNHKが制作・放送するドラマなどテレビ番組の撮影の他、映画、CM撮影等にも使えるように「多目的貸しスタジオ」として別会社化しました。現在はこのねらいが功を奏し、NHKを始め多くの放送局が利用しています。
でも関係者の話しを聞くと、以前は俳優も緑山と聞いただけで収録をいやがったほど不便というイメージが強かったそうです。私も緑山で真夏に二日間泊まり込んで仕事したことがありますが、眠気覚ましに外に出ると狸が駐車場を横切ることもありました。二階の食堂は結構美味しかった記憶があります。


(余談)
TBSは緑山ができる前の1966年から1968年まで放映された
「泣いてたまるか」シリーズドラマ
渥美清 主演で生まれたての「青葉台駅」を舞台にした作品が幾つかあります。
ライバルフジテレビで、87分署シリーズ・裸の街というエドマクベイン原作シリーズを放送しましたが、これも東京といいつつ青葉台近辺だった記憶があります。
TVドラマを 街の記憶として観ていくのも 興味深いものがあります。


No.421 ふぞろいの隣人たち?
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2013 横浜わが街シリーズは
2014年版として
継続移行中です。
http://tadkawakita.sakura.ne.jp/db/

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