2012年6月23日土曜日

No.175 6月23日 フランス軍港があった丘

横浜を代表する公園の一つ
「港の見える丘公園」の一角にあるフランス山は、
1971年(昭和46年)6月23日の今日、歴史的景観と良好な住環境確保のために横浜市が4億円で買収します。「横浜市会の百年」より
フランス山の公開で開国以来80年、市民が足を踏み入れる事のなかった横浜が一つ開放されることになります。

(英仏の残したもの)
フランス山は「港の見える丘公園」の一角の傾斜地にひろがる緑豊かな空間です。
No.129話でも少し触れましたが「港の見える丘公園」は歴史的背景から、
イギリスゾーンとフランスゾーンが一帯として保全された空間です。
かつて英国軍駐屯地だったイギリスゾーンは1962年(昭和37年)5月に開園します。
No.129 5月8日 ヒット曲の公園
http://tadkawakita.blogspot.jp/2012/05/no12958.html

次にイギリスゾーンに隣接する豊かな自然が残されていたフランスゾーンの買収と整備が行われ現在の「港の見える丘公園」が完成します。
マリンタワーからフランス山
(フランス山の歴史)
ここで、フランス山の歴史をひも解いてみましょう。
横浜開港を契機に列強の一つフランスは横浜居留地に住む自国民の保護と居留地の防衛を目的にイギリスより一年早く軍隊の駐屯を決定します。
※当時英仏駐留軍1,800名に対し
 居留地の一般外国人はわずか309名にすぎませんでした。
1863年(文久3年)にフランス海兵隊が“山手186番”に駐屯を開始し軍兵舎を3棟建設します。これがフランスの横浜駐留のはじまりです。

イギリス軍は「トワンテ山」と呼ばれた19,189坪をイギリスゾーンとして占有し4,593坪の兵舎を建設します。一方フランス軍の占有地は傾斜地ということもあり3,042坪で兵舎は119坪でしたから圧倒的に英国軍が優位に立っていましたが、
フランスは、山手の喉元に“軍港”を確保します。
港につながる戦略的位置をフランスが抑えていましたので
居留地での軍事バランスは絶妙だったといえるでしょう。
かつてフランス軍駐屯地に港がありました
1875年(明治8年)3月に英仏含めた外国軍が撤退するまで約12年間駐屯地として使用されます。

4月3日 横浜弁天通1875年(モーリス・デュバール)
http://tadkawakita.blogspot.jp/2012/04/431875.html

フランス軍人と居留地の日本人女性の淡い恋物語がちょうどフランス軍の駐留が終了することで終わります。

その後、
フランス軍撤退により兵舎が不要となった海兵隊当局はフランス山の永代借地権をフランス駐日外交代表部に譲渡します。
跡地に領事館を計画しますが、母国の事情で頓挫します。
1875年(明治8年)は普仏戦争に敗北した母国フランスが第三共和政となった年です。
アルザス・ロレーヌの喪失と、50億フランという高額な賠償金負担は極東のフランス外交にも財政難の影を落とします。
※第三共和政のフランスは領土拡大をアフリカにシフトします。

明治の横浜はアジア交易の中心地、ビジネス都市に変身しつつありました。
多くフランス人がここ横浜を訪れるようになります。財政難で頓挫していた領事館設置の嘆願書が1885年(明治18年)に居留地のフランス人から出されます。フランス山は領事館と領事館邸として整備されますが、完成したのは1896年(明治29年)で、20年の時間がかかります。
この20年でフランスは日本での外交的優位性を失い、米英の時代となります。
※領事館と領事館邸は建築家サルダン設計で「極東一の素晴らしい名建築のひとつ」という当時の領事報告が残っています。

No.154 6月2日(土) 華麗な居留地ビジネス
http://tadkawakita.blogspot.jp/2012/06/no15462.html

この領事館と領事館邸は、関東大震災で被災し1930年(昭和5年)にスイス人建築家マックス・ヒンデルの設計により再建されますが、戦火をくぐり抜けた昭和22年に焼失してしまいます。

(フランス山)
山手185番、186番はフランス山として現在公開されています。平成14年度から平成16年度にかけて再整備が行われた際、貴重な史跡やジェラール瓦、煉瓦などが出土し、遺構の一部が展示されています。
「港の見える丘公園」はこの森に囲まれたフランス山から登ることでここの良さが判ります。(逆コースでも構いません)ぜひ散策される事をお勧めします。
※横浜市民でも整備されたフランス山を訪れた方は少ないのでは?

戸部と保土ケ谷駅前に(MMのマークイズにも新しく)店のあるスイーツの「ふらんすやま」の名は、この「港の見える丘公園」フランス山から命名しています。
http://www.franceyama.com


(余談)
横浜の都市公園は増加していますが、緑被率は減少しています。
緑被率とは、街に緑(植物)の面積がどのくらいあるかの目安です。大都市部の中で、特に横浜の緑被率が著しく減少傾向にあります。
理由は宅地開発が進み郊外部の自然が失われているからですが、宅地化を制限することで自然が守られる訳ではありません。都市の緑は積極的に人の手で守っていくしかありません。そこで都市公園の果たす役割が大きくなってきます。
しかし、住宅地の真ん中にあるあの“殺風景”な公園は、防災上の役には立っているでしょうが、都市の緑や景観を確保するにはあまりに殺伐としていて寂しいものがありますね。
悪くはありませんが街中は緑が無い小公園ばかりです
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