2012年8月20日月曜日

No.233 8月20日 (月)相鉄線ミニ物語(加筆版)

駅にも誕生と廃止の歴史があり、それぞれにドラマがあります。
1934年(昭和9年)8月20日の今日開業し、
1957年(昭和32年)1月に廃業した「古河電線駅」から相鉄線の小さなエピソードを紹介します。
相模鉄道(本線)は、横浜駅と小田急線海老名を結ぶ
私鉄大手で最も短い営業距離を首都圏最大級の密度で運行するスーパー路線です。
過去に横浜市域の営業路線で廃止となった相鉄線の駅が四つありました。
開業日見比べると?不思議だと思いませんか?一駅毎に開設日が違います。
※相鉄線横浜駅開業は意外と後になります。このあたりの話しは相鉄創業の話しの時にご紹介します。
その中で、大工場用に通勤駅として開業したのが「古河電線駅」です。
この駅は現在の古河電工の横浜工場用にできました。
正確な場所は特定できませんでしたが、「tvkハウジングプラザ横浜」と「横浜イングリッシュガーデン」の間位でしょうか。
http://www.tvk-plazayokohama.jp/
http://www.y-eg.jp/

この古河電線駅は朝・夕のみ停車したそうです。
地図で確認すると、鶴見線の「海芝浦駅」と同じ性格を持った駅でした。
駅そのものが工場の敷地内にあり改札が“専用”だったようです。
当時の名残は全く見当たりませんが、現在帷子川に「電線橋」という名の橋が架かっています。
(以前写真探しています。再撮かな)
古河電線駅の歴史
1934年(昭和9年)8月20日当時の神中鉄道が平沼橋〜西横浜間に工場通勤用に開業しました。
1943年(昭和18年)4月1日に神中鉄道は合併により相模鉄道の駅になります。
戦時中から営業を休止し、基幹産業のため空襲を受けました。
1957年(昭和32年)1月に廃駅となりました。


No.177 6月25日 出られない出口
http://tadkawakita.blogspot.jp/2012/06/no177625.html

(古河電線の話し)
No.127 5月6日 (日) あるガーナ人を日本に誘った横浜の発明王 http://tadkawakita.blogspot.jp/2012/05/no12756.html

No.179 6月27日(水)電気が夢を運んだ時代?
http://tadkawakita.blogspot.jp/2012/06/no179627.html

かつてこのエリアにあった古河電工と横浜ゴムの関係について紹介しましたが、現在も「古河電工 横浜研究所」があります。
ここには名門サッカーチームがありました。
戦後からここのサッカー場を練習所として活躍しました。1946年に創設された「古河」で現在の「ジェフユナイテッド」(株式会社 東日本ジェイアール古河サッカークラブ)です。
ジェフユナイテッドは「ジェフユナイテッド市原」または「ジェフ市原」として千葉県市原市をホームグラウンドとして活躍していますが、横浜がルーツなんです。
なんていうと“波乱”が起こりそうですが、横浜に三つのチームができた可能性もあったんですね。
偶然だと思いますが、この「古河電線工場」のある島状の敷地を斜めに、相模鉄道とJR東海道線、JR横須賀線が走っています。元々は石崎川沿いに国鉄路線(第二横浜駅時代)があり現在も少しその雰囲気が残っています。
JRと古河は電線工場時代から関係が深かった?のかもしれませんね。

ここ古河電工サッカーチーム出身で「東洋のコンピューター」と呼ばれたブンデスリーガで活躍した奥寺康彦は、現在の株式会社横浜フリエスポーツクラブ(横浜FC)の会長です。
http://www.yokohamafc.com
彼は、横浜出身で日本サッカー界初のヨーロッパトップリーグで活躍した選手です。

この「裏高島」は運河に囲まれ、かつては電線工場、瓦斯工場、その他の製造工場が建ち並ぶ工場エリアでしたが近年、前述の「tvkハウジングプラザ横浜」と「横浜イングリッシュガーデン」が進出するようになって景色が変わり始めました。
川沿いにマンションも多くなり、工場街から住宅街に変わってきました。
「石崎川プロムナード」が一部に整備されていますが、今後もう少し魅力アップを図ると界隈性のある独特の街に育っていくでしょう。
(ただ、人道橋が欲しい!)どこに架けるかは議論があるとは思いますが…。

【相鉄線ミニ物語】
別立てにしようかなと思いましたがここに
 簡単ですが相鉄の面白史を紹介しておきます。

相鉄線(神中鉄道)は
神中鉄道(株)は1917年(大正6年)
 保土ケ谷区岩間町に創設されました。
一方、
相模鉄道(株)も1917年(大正6年)
 茅ヶ崎市に創設されました。
 現在の相模線(茅ヶ崎〜橋本)が相模鉄道として開通。
 横浜線に接続しました。
1943年(昭和18年)に相模鉄道(株)が神中鉄道(株)を吸収合併します。
ところが 相模鉄道の本線である茅ヶ崎〜橋本他を国に吸収されてしまいます。
1944(昭19)のことです。
茅ヶ崎〜橋本からスタートした相模鉄道(株)が
吸収した神中鉄道(株)の海老名〜横浜の路線経営というのも
不思議な歴史の巡り合わせです。
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現在は下記のサイトに移行中です。
http://tadkawakita.sakura.ne.jp/db/

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