2012年9月15日土曜日

No.259 9月15日(土)全国お茶の品評会開催

1879年(明治12年)9月15日(月)の今日、
第一回お茶の全国大会が横浜町会所で開催、
各地から選りすぐりの「製茶」が集まりました。
横濱町会所(現在開港記念会館)
幕末から明治にかけて、“お茶”は日本の重要な輸出品でした。
開国して、各国と貿易が始まりますが、日本から列強各国に輸出された殆どが繭、生糸と製茶でした。製茶は、外貨獲得の二大産業の一つでした。
その後、国を挙げて殖産興業を進めた結果、その他の輸出が行われるようになりますが、幕末明治の「茶」は日本を支え、その大半が横浜港から輸出されました。

■明治時代のTrade show(見本市)
幕末明治期のTrade showは、
国際レベルで「万国博覧会」、
国内レベルで「内国勧業博覧会」、
専門レベルで「共進会」(品評会)が行われました。

(万国博覧会)
世界で初めて開かれた万博は、1851年のロンドン万博です。
1862年にロンドンで開かれた万博にはヨーロッパに派遣されていた幕府使節団の一行が見物しています。
この万博では、イギリスの初代駐日公使オールコックが、日本の品々を紹介し、ヨーロッパに日本が広く知られるキッカケとなりました。

No.158 6月6日(水) 休暇をとって日本支援!
http://tadkawakita.blogspot.jp/2012/06/no15866.html

日本が独自に出品したのが1867年のパリ万博で、出展した美術品・工芸品はジャポニスムの流行に拍車をかけました。

1851年(嘉永4年) 第1回ロンドン万博
1853年(嘉永6年) ニューヨーク万博
1855年(安政2年) 第1回パリ万博
1862年(文久2年) 第2回ロンドン万博
1867年(慶応3年) 第2回パリ万博
1873年(明治6年) ウィーン万博
1876年(明治9年) フィラデルフィア万博
1878年(明治11年)第3回パリ万博

(内国勧業博覧会)
国内で日本が参加した1873年のウィーン万国博覧会を参考に、初代内務卿大久保利通が推し進めたのが、内国勧業博覧会です。
内国勧業博覧会は5回開催されました。

No.213 7月31日(火)金日本、銀日本
http://tadkawakita.blogspot.jp/2012/07/no213-731.html

No.179 6月27日(水)電気が夢を運んだ時代?
http://tadkawakita.blogspot.jp/2012/06/no179627.html

■第1回内国勧業博覧会(殖産興業のために)
開催期間:1877(明治10)年8月21日〜11月30日
場所:東京上野公園
入場者数:454,168人
■第2回内国勧業博覧会(不況下でも大盛況)
開催期間:1881(明治14)年3月1日〜6月30日
場所:東京上野公園
入場者数:823,094人

■第3回内国勧業博覧会(世界へアピール)
開催期間:1890(明治23)年4月1日〜7月31日
場所:東京上野公園
入場者数:1,023,693人

■第4回内国勧業博覧会(京都の巻き返し)
開催期間:1895(明治28)年4月1日〜7月31日
場所:京都市岡崎公園
入場者数:1,136,695人

■第5回内国勧業博覧会(最後にして最大の内国博)
開催期間:1903(明治36)年3月1日〜7月31日
場所:大阪市天王寺今宮
入場者数:4,350,693人

(共進会)
共進会は、日本の産業振興を図るため、産物や製品を集めて展覧し、その優劣を品評する会のことです。明治初年代より各地で開催されました。
お茶、生糸、製糖、綿花、窯業他多くの共進会が開催されます。
1879年(明治12年)に外貨獲得の双璧、お茶と生糸の共進会開催が決定し、9月15日(月)、第一回製茶共進会が、11月1日に第一回糸繭共進会が開催されました。

第一回製茶共進会
9月15日(月)から31日間、横濱町会所(現在の開港記念横浜会館)で開催されます。
紅茶、緑茶併せて1,172点出品されます。
当時、日本では紅茶も多く作られていました。
出品者は864人にも及び、この品評会が注目されていたことがわかります。
第一回は、政府主導でしたが第二回以降、次第に民間ベースになっていきます。
※背景には、急増する輸出に対し“粗製濫造”によるメイドインジャパンの信用低下を防ぐ役割も持っていました。
横浜沿革史には
「十五日より日数四十日間、横浜町会所に於て製茶共進会を開く、当日午前九時三十分、内務卿伊藤博文・大蔵卿大隈重信・商務局長河瀬秀治出張、開場の式を挙行せらる、内務卿の演舌あり、横浜茶商総代中川茂兵衛答詞を演ぶ畢て縦覧を許す、(入場券一枚金五銭)、十月十二日、褒章授与式を挙行す、内務卿・大蔵卿・勧農商務両局長・神奈川県令・書記官・税関長・掛員・出品者・新聞記者等総員五百余名参列す、式場狭隘にして、頗る雑沓せり、既にして海軍奏楽あり、勧農局長審査畢るの演説をなして後、内務卿演説あり、此間奏楽暫くありて褒賞を授与せらる、宇治製茶に名誉賞を賜ひ、其他一等より四等迄順次賞与あり、畢て出品者総代中川茂兵衛答詞を述ぶ、畢て楼下に日本料理の立食宴会を開く、同月十五日、勧農局長松方正義・商務局長河瀬秀治出張、閉場の式を施行せらる、之を共進会の嚆矢とす」
と当時の盛大な模様を伝えています。

お茶と横浜の関係は深いものがあります。
機会をみて横浜とお茶の話しも紹介していきます。
清水の次郎長、清水港、シドモア桜、駿河銀行 等々横浜と静岡はお茶の縁で結ばれています。

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