2012年10月3日水曜日

No.277 10月3日(水)皮肉な緑地

10月2日に引き続き
米軍接収地返還の現状を紹介しましょう。
1948年(昭和23年)10月3日の今日、
旧日本海軍施設だった金沢区柴町他にある526,205 ㎡の敷地「小柴貯油施設」と水域約470,000 ㎡「小柴水域」が米軍により接収されました。
1977年現在の「小柴給油所」航空写真
(小柴貯油施設の経緯)
小柴貯油施設は米軍用の航空燃料用タンクが34基設置されていました。
この航空燃料を積み出すために、海までの運河と海上の水域も接収されていました。
10月2日に紹介した「根岸森林公園」の接収地域と同様に、飛び地のようなエリアです。

(平成16年)10月に日米合同委員会で、一部(約10ヘクタール)返還で合意しますが、全面返還を求め継続協議になります。
一年後の平成17年10月18日の米合同委員会で、陸地部分全域と水域の一部の返還が合意されます。
http://www.city.yokohama.lg.jp/seisaku/kichitaisaku/shisetsu/kyuukoshiba.html

(小柴水域)
http://www.city.yokohama.lg.jp/seisaku/kichitaisaku/shisetsu/koshiba.html
なぜ?この水域だけ残されたのでしょうか?
日米間の取り決めでは
使用条件
1 本水域は、合衆国船舶の停泊及び積荷の積み卸しのために使用される。
2 本水域が合衆国船舶によって使用されていないときは、一般船舶の通過を認める。ただし、本水域においては、合衆国政府の承認がない限り、ブイ、停泊用の鎖等に損傷を与えるような海底しゅんせつ、掃海、投びょう、魚釣り、底引き網及びその他同様の作業を厳重に禁止する。
とありますが、小柴貯油施設は返還し、
わざわざ海上で積荷の積み卸しもないでしょう?
潜水艦の休憩所???ですかね。
校舎の窓から海が良く見える高校時代を過ごしました。
相模湾ですが
授業中に沖にポッコリ潜水艦が浮かび上るのを見たことがあります。
  (昭和40年代のことですが)

小柴貯油施設返還が決定し、跡地活用の計画が現在調査を含め進捗中です。
「つながりの森」構想

横浜市南部の円海山周辺を中心とし、北西はいたち川から南東の小柴地区までを構想の対象エリアと設定しています。
目的は「横浜の生物多様性の宝庫」である「つながりの森」を 市民全体で、体感・感動し、次代、次々代につないでいく」ことにあります。
このプランから、返還された小柴貯油施設地域は、残された自然を生かした水辺や緑地の整備というイメージでしょうか。
http://www.city.yokohama.lg.jp/kankyo/mamoru/tayou/tsunagari/

現在の空撮
敷地内、右が崖になり上部が給油施設
返還?されているのに
無人?ですが 米軍施設!って感じです。
小柴水域に続く運河、前をシーサイドラインが走ってます
「横浜市と米軍基地」
http://www.city.yokohama.lg.jp/seisaku/kichitaisaku/shiryo/pdf/h24/h24sassi/24sassi01.pdf
現在日米安全保障条約の下での日米防衛戦略上
 効果的な米軍配置がマネジメントされているのか?
防衛大臣
スリムで効果的な防衛計画を御願いするものであります。

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