2012年11月23日金曜日

No.328 11月23日(金)横浜駅東西戦争史

本日は国民の祝日の一つ勤労感謝の日です。
「勤労をたつとび、生産を祝い、国民たがいに感謝しあう」のがこの日の趣旨だそうです。
1962年(昭和37年)11月23日に株式会社横浜ステーション・ビルが開業しました。
11年後の1973年(昭和48年)11月23日には横浜三越店が開業します。
この横浜東西戦争の話しは過去何回も紹介しています。
今日は自分の記憶に残る横浜三越店を軸に横浜東西開発史を簡単にまとめてみました。
(横浜駅をめぐる開発競争)
■株式会社横浜ステーション・ビルの閉店に関して
No.87 3月27日 横浜駅のヘソが変わる 
http://tadkawakita.blogspot.jp/2012/03/327.html

■そごう出店と出遅れた三越

No.274 9月30日 (日)巨大資本の東西戦争
http://tadkawakita.blogspot.jp/2012/09/no274-930.html

■髙島屋、相鉄

No.265 9月21日(金)ぺんぺん草の後に
http://tadkawakita.blogspot.jp/2012/09/no265921.html

■東急

No.207 7月25日 (水)五島慶太の「空」(くう)
http://tadkawakita.blogspot.jp/2012/07/no207-725_25.html

No.274 9月30日 (日)巨大資本の東西戦争

で紹介した三越は完全に出店タイミングを逸します。
横浜駅西口の百貨店戦争の最後に登場したのが「三越横浜店」です。
「岩崎学園」による「三越横浜店」誘致でしたが、横浜駅開発と三越は西口周辺を相鉄が開発に踏み切った時点から因縁がありました。
相鉄は、1953年(昭和28年)西口開発を始めるにあたりキーテナントとして最初に「三越」へ出店を依頼します。
この申し出を老舗「三越」は断り、髙島屋に交渉先が代わり苦難の末開店し結果的に大成功します。
これが西口開発の始まりです。
後から横浜進出となった「三越」、
 相鉄としては面白くないでしょうね。
横浜駅西口発展年表をまとめてみました。
戦前戦後、現在の横浜駅周辺は「東口」が表玄関でした。
(重心は西へ)
 1950年代西口開発が始まります。
 1956年(昭和31年) 4月に横浜駅名店街が誕生します。
映画館と髙島屋ストアも開業し、横浜駅が東口から西口へ人の流れが変わり始めます。
 1957年(昭和32年) 相鉄文化会館オープン。
 1958年(昭和33年) 髙島屋仮店舗開業、横浜駅東西を結ぶ地下通路が完成します。
 1959年(昭和34年) 相鉄会館が完成し、髙島屋がグランドオープン。
(東口も対策協議会「横浜駅前復興促進会」を結成)
 1961年(昭和36年) 西口5番街完成
 1962年(昭和37年) 横浜駅西口に東急ホテルが開業し、
11月23日駅ビル(横浜ステーション・ビル→シアル)が開業します。
 1964年(昭和39年) 根岸線が(念願の)磯子まで延伸。
東海道新幹線開通と東京オリンピック開催
※横浜は三沢競技場(他)が使用される。
ダイヤモンド地下街(ザ・ダイヤモンド)開業
 1965年(昭和40年) 第三京浜の開業
 1968年(昭和43年) 横浜岡田屋開業
 1970年(昭和45年) 根岸縁洋光台まで延伸、そごう出店許可
 1972年(昭和47年) 県政総合センター完成、市営地下鉄部分開業
 1973年(昭和48年) この年は横浜駅にとってターニングポイントでした。
4月9日根岸線が全線開通します。
10月6日第四次中東戦争が勃発しオイルショックが始まる。
10月10日髙島屋増築(商工会議所百年史では10月11日開店)
11月20日相鉄ジョイナス完成
11月23日「岩崎学園ビル」完成と同時に三越が開店
12月25日横浜駅東口再開発起工
 1976年(昭和51年)市営地下鉄 横浜駅乗入れ

(1980年代はそごうの時代)
 1980年代に入り(大幅に着工が遅れた)そごう出店計画が現実化してきます。
 東口進撃の10年です。
 1980年には東口地下街が整備され、「新宿ルミネ」で大成功した駅ビル型ショッピングセンター「横浜ルミネ」が11月7日に開業します。同時にポルタも「そごう」を結ぶ導線上に開業します。

(二つの障壁)

横浜三越は結局、2005年に撤退しますが三越には二つの障壁があり、客導線を繋ぐことが結局できませんでした。
一つは 横浜駅西口の階段という丘
 中央改札を出て東口にはフラットにアクセスできますが、西口方面には一度(丘を)越えなければなりませんでした。(現在大改装中)
一昔前のマップです
二つ目も地下街の階段
さらに地上は西口ロータリーを回り込み、地下街ルートも階段を上がるバリアフリーではないことが不便さの“気分”につながりました。不便さの“気分”は馬鹿にできません。店舗の狭さも三越の強みを発揮できなかった要因となってしまい、撤退となります。

横浜三越閉店の瞬間

http://www.youtube.com/watch?v=lroX1gbxpv4

2008年

三越は伊勢丹との共同持株会社「三越伊勢丹ホールディングス」を設立し百貨店業界は5大グループに再編成されます。
●セブン&アイ・ホールディングス
→横浜駅東口「そごう」
●J.フロント リテイリング
→横浜伊勢佐木から撤退「カトレアプラザ」に
●高島屋G→エイチ・ツー・オー リテイリングと提携
→横高が髙島屋Gに統合
●エイチ・ツー・オー リテイリング
→横浜センター北に「モザイクモール」
★三越伊勢丹ホールディングス
→クイーンズ伊勢丹横浜店(相鉄ビル)
※伊勢丹には、1970年代横浜駅東口に出店戦略を進めていましたが、どたんばで「そごう」にひっくり返された歴史があります。
江戸の敵を長崎で討つのでしょうか?

さらにJRグループの駅ビル・エキナカビジネスが怒濤の快進撃をしています。

★★エキサイトよこはま22 (横浜駅周辺大改造計画)
http://www.city.yokohama.lg.jp/toshi/tosai/daikaizou/


横浜駅ビル「横浜CIAL」が50年の歴史に幕/神奈川新聞(カナロコ)

http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=492azj_dyKc
→「横浜CIAL」は「CIAL鶴見」に
http://www.cial.co.jp

No.84 3月24日 実験都市ヨコハマの春祭り開催(YES89)

http://tadkawakita.blogspot.jp/2012/03/324.html

(余談)
横浜駅西口ロータリーに 建築界の巨匠の初期作品が
意外な場所にあります。さて?どこでしょう?
夜景ははっきりしますが、昼間は殆ど判りません。
これは建築家 伊東豊雄の「風の塔」として業界では有名です。

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