2012年12月23日日曜日

No.358 12月23日(日)もう一つのぶらぶら中華街

横浜歴史年表によると1970年(昭和45年)12月23日、中華街の西門(延平門)が完成したそうです。
今日は中華街のウェルカムゲート「牌楼門(ぱいろうもん)」の話しから
もう一つの中華街を紹介しましょう。
根岸線がこの中華街近くを走るまでは、
桜木町から市電に乗って横浜の「迷宮」に到達したものです。
昭和30年代の市電路線図
戦後 昭和30年代、中華街は現在のような世界最大のグルメゾーンではありませんでしたが、謎めいたオトナの町でした。
横浜中華街のシンボル「中華街牌楼」が登場したのが1955年(昭和31年)です。
この牌楼に「中華街」と書かれたことがキッカケで、
この町の名が広く「中華街」と呼ばれるようになりました。
それまで神戸や長崎と同じく「南京町」と呼ばれていました。
横浜中華街が、周辺の関内エリアの街区の道路方向が違う事は有名です。
この街の方向に慣れるには少し時間が必要かもしれません。

現在、中華街には10の牌樓が建っています。
この牌樓に詳しくなると、方向感覚はかなり判りやすくなります。
まず、東西南北4カ所の基本牌樓
東の「朝陽門」
西の「延平門」
南の「朱雀門」
北の「玄武門」
色でも区別されています。
青・白・赤・黒を記憶しておくだけでも中華街ツウにちょっとなった気分になれます。
中華街の核になっているのが「善隣門」
何時も「善隣門」の方角アンテナを張り巡らしておきましょう。
この5つ「牌樓」に囲まれた約500m四方の中華街の中に
二つの通りの端を守る牌樓が4つあります。
「市場通り」に2つ
「関帝廟通り」に2つ「地久門」と「天長門」
これで9カ所「牌樓」が頭に入りましたか?
最後に JR石川町駅前の「西陽門」で10の牌樓 完了です。

(昔の居留地の不思議)
外国人居留地の一角にあった中華街、現在は「山下町」ですが、誕生当初は様々な町名がありました。中華街周辺の地名を列挙します。

薩摩町・越後町・加賀町・前橋町・小田原町・豊後町・武蔵横町・大坂町・琵琶町・京町・阿波町・堀川町・上田町・九州町・富士山町・花園町・蝦夷町・尾張町・函館町・神戸町・長崎町・武蔵町・駿河町・角町・二子町
1879年(明治12年)頃、
街区が番号だった居留地に日本国中の町名が付けられます。
番号じゃわかりにくかったのでしょう。
薩摩町・越後町・加賀町など名付けられた30の町名は、
20年後の1899年(明治32年)の条約改正により外国人居留地が撤廃されると、日本大通りを除き、全て“山下町”となります。
その後も通りの名として戦後まで使われていました。
現在は殆ど無くなりましたが、
かつての町名の名残りに出会える場所が二カ所あります。
中華街に隣接する「加賀町警察署」と市営バスの「薩摩町中区役所前」です。
“前田”と“島津”が残りました。→おわかりになります???

(牌樓と三種の珍獣)
牌樓の話しに戻しましょう。
中華街に潜む三種類の“珍獣”をご存知ですか?
獅子(ライオン)
龍(ドラゴン)
鳳凰(フェニックス)
この三種の“珍獣”、まずは牌樓に潜んでいます。
どこに隠れているでしょう?
中華街に棲む“珍獣”で最も生息数の多いのが獅子(ライオン)です。
突然舞いつつ登場することもあります。
数えたことはありませんが、アバウト1,000以上いるのではないでしょうか。
さて?
龍(ドラゴン)も意外なところに
そして
鳳凰(フェニックス)は
さすが という所に生息しています。
どこにあるのだろう?
珍獣ハンティングしながら 
中華街を散策するのもまた楽しいものです。
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