2013年2月7日木曜日

No.400 横浜洋食巡り

私は特にグルメ指向ではありませんので、
いわゆる定番スポットを意識的におさえていませんが、
今日は過去の横浜の食べ歩き記録から「ハマの食」紹介を少々。
洋食の歴史に付いて調べ出したら面白いので、今日はイントロを紹介します。
磯子「洗濯船」のタンシチュー

(洋食の歴史)
洋食といえば、幕末開港以降日本に上陸し一気に拡がります。
それ以前、日常的に洋食が存在したのは唯一外国人が駐留していた長崎の出島の中だけにとどまります。しかも交易が許されていた相手が、オランダ人(一部ポルトガル人)のみでしたから異国の食文化といえばオランダ経由でした。
江戸時代にも少しずつ洋食がカタチを変えながら生活の中に溶込んでいきますが、当時、外国人商館の調理場を手伝うなどして、西洋料理の技術を体得した日本人はごく少数でした。

(ペリーの黒船)
日本の洋食文化は「ペリーの黒船」から始まります。
まず横浜、神戸、函館の三港が開港し外国人居留地や各国の公使館が設けられ、働く日本人が増えていきます。
洋食料理店の歴史は、長崎から始まります。
日本人で最初の西洋料理店『良林亭』が1863年(文久三年)長崎に開業します。その後、明治維新の前後に、『良林亭』のような西洋料理店を開業する日本人が少しずつ現われます。『良林亭』はその後『自遊亭』『自由亭』と名前を変え、一部 長崎のグラバー邸の中に保存されていています。
個人が開業する一方で、日本の洋食文化の発信はホテル・レストランから始まります。
街中でごく普通に洋食メニューが登場するには、肉食の解禁が不可欠でした。
仏教思想の影響によるものか、江戸時代以前は獣肉を食べることを禁止または忌み嫌っていました。
※彦根藩では江戸時代から牛肉を食べていました。

(洋食の誕生)
日本人向けにアレンジが加えられた外国の食文化を「洋食」と呼ぶようになります。
最初は外国人洋館の食事から始まり、ホテルで提供され、個人の洋食店も開業するようになってきます。








「カレーライス」
「コロッケ」→いずれ特集します!
「カキやエビフライ」
「オムライス」
そして「ナポリタン」「ドリア」→別項で特集します。
「とんかつ」も洋食ですね。これもいずれ特集します!
「ハンバーグ」→ハングリータイガー大好きです。
No.254 9月10日(月)わが国初のファミレス誕生
http://tadkawakita.blogspot.jp/2012/09/no254910.html

庶民の洋食が 明治中頃にはもう華開きます。
さらに洋食文化に磨きをかけたのが「客船レストラン」です。
横浜港を出入りする多くの客船は、料理の腕前が重要なブランド戦略だったそうです。例えば氷川丸の「天麩羅」がチャップリンを虜にした話しは有名ですね。

■横浜といえば牛鍋
明治の庶民に洋食がブレイクしたのは、牛鍋屋の登場がキッカケです。
横浜で高橋音吉によって1868年(明治元年)に開かれた牛鍋屋が元祖だと言われています。(現在の『太田なわのれん』で少なくとも現役最古参)
1895年(明治二十八年)に荒井庄兵衛が開業した『荒井屋』は現在も横浜で営業しています。
江戸時代に肉食が忌避されていましたが、明治に入り国を挙げて肉食文化を導入していきます。その代表格が「牛鍋」です。
(写真探索中)
■サンマー麺
洋食ではありませんが、横浜生まれの食!といえば
生碼麺、生馬麺、三碼麺と書く細麺を使ったモヤシに片栗粉を溶いたあんで絡めて乗せた麺料理の発祥は横浜です。
伊勢佐木町の玉泉亭とされていますが、横浜中華街の聘珍楼との説もあります。どちらにしろ、中国料理から派生した「横浜オリジナル」です。
(写真探索中)
(ホテル発)
洋食の発信源の一つが「ホテル」ですね。
先にリストアップした代表的洋食の中で
ナポリタン
ドリア
共に 横浜 ホテルニューグランドから生まれた洋食です。
洋食レストランについても 別項で紹介したいテーマです。

このブログは下記に移行しました。
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