2013年2月12日火曜日

No.405 ブームにのって墓マイラー

墓マイラーという嗜みをご存知だろうか?
歴女の次をいく密かなブームが有名人の墓を巡る
墓マイラー。決してだじゃれだけの世界ではありません。
今日はこの墓マイラーから一席!

横浜市内で一番「墓マイラー」が訪れるのは?
鶴見にある総持寺の石原裕次郎の墓です。
No.312 11月7日(水)裕次郎だけじゃない
http://tadkawakita.blogspot.jp/2012/11/no312117.html

小さなお寺で、マイナーな発見もこれまた「墓マイラー」の神髄だそうで、このブログでも(大きいですが)弘明寺で
たまたま発見した「四代目橘家圓蔵」追悼の碑も「墓マイラー」番外編としてテーマにしています。
★弘明寺の「四代目橘家圓蔵」他
No.109 4月18日 品川の名人濱に死す
http://tadkawakita.blogspot.jp/2012/04/418.html

★保土ケ谷の福聚寺の五返舎半九
No.218  8月5日 (日)夢の夢の夜夢覚め
http://tadkawakita.blogspot.jp/2012/08/no218-85.html

先日、東白楽近辺を散策中に「善龍寺」というお寺さんがありました。
住所は横浜市神奈川区斎藤分町29-51
起伏の多い住宅街の一角にある浄土真宗のお寺です。
ちょっと境内を拝見していたら そこに
5代目 一龍斎貞丈の墓があるではありませんか。

「5代目貞丈」でピーンときました。
★★5代目 一龍斎貞丈
講談師でございます。
最近また少し復活してきましたが、落語に比べ厳しい平成時代を経てきました。

本名が柳下 政雄(やぎした まさお)で1906年(明治39年)8月13日三重県に生まれ小さい頃から横浜に育ちました。早稲田実業に学び、卒業後
1925年(大正14年)4代目昇龍斎貞丈に入門し、昇龍斎貞一を名乗ります。
1931年(昭和6年)12月師匠の急逝を受け、6代目一龍斎貞山の預かり弟子になり、
翌年の1932年(昭和7年)3月に5代目一龍斎貞丈を襲名します。
講談師「5代目 一龍斎貞丈」は、1963年に芸術祭賞奨励賞受賞の他、
人間国宝の6代目一龍斎貞水を育て、政治家になった一龍斎貞鳳が弟子で子息は6代目を継ぎます。

横浜が生んだ長谷川伸 同様に育てるのも上手な師匠だったようです。
1952年(昭和27年)の全員が死亡した「もく星号墜落事故」に仕事のために乗り遅れ命拾いをしたというエピソードが残っています。
1968年(昭和43年)7月27日に61歳で脳溢血のため死去。一説では柳橋の粋筋宅で(腹上死)というから中々なもんです。
1968年度の第20回 NHK放送文化賞も受賞しています。
弟子の人間国宝となった“怪談の貞水”こと一龍斎貞水は、古典だけではなく様々なジャンルとコラボするなど、講談の新境地を開きました。
 2006年12月2日(土)横浜能楽堂開館10周年記念企画公演で江戸大名と能・狂言と銘打ち「徳川光圀と能」に参加しています。

■講談とは物語の素材に注釈を付けて語る話芸で、歴史物が中心ですが最近では、経営理論、教育、時事など多才なジャンルでファン層を拡げています。
現在は女流講談師の割合も増え、一龍斎貞心の弟子で都内歴史ガイド、老人福祉施設、学校寄席、最近では「講談紙芝居」などマルチタレントとしても活躍している一龍齋貞寿(いちりゅうさいていじゅ)は横浜生まれ。
好評を博している。
http://www.mangaka-gakkai.com/index.html
同じく横浜市生まれの宝井琴柑(たからいきんかん)は「横浜のヘボン博士」「エルトゥールル号」など横浜ネタも開拓し人気を博しています。
(余談)
大手出版社の「講談社」の講談は古典芸能の「講談本」を出していたのでこの名となりました。
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現在は下記のサイトに移行中です。
http://tadkawakita.sakura.ne.jp/db/

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